彼の姿をみたとき、アストライアーはまだ地上にいたのだと思った。剪定用の

彼の姿をみたとき、アストライアーはまだ地上にいたのだと思った。剪定用の小刀とシャベルが剣と天秤のように見えて、ミーノスはしばらく呆気にとられていた。最後の清らかなる女神は、いまだ大地を捨てていなかったのかと、思わずその名をつぶやいてしまったのだ。 「アストライアーと仰ったのかしら。ええ、女神みたいに綺麗な人でしょう？」 ミーノスに庭を案内していたのは伯爵婦人だった。彼女はすっかり上機嫌になりあとを続けた。まるで自分の所有物を自慢するような口ぶりだ。 「彼はあたらしく来た園丁なの。以前はルゴニスさんという人が来ていたけれど、最近になって代替わりしたのよ。綺麗だけれど、あの人に近寄ってはいけないの。わたし、ひどく怒られてしまったわ」 ミーノスは夫人の言葉をろくに聞いていなかった。視線が外せなかった。十月になり深みの増した空の青も、樹木も花もただの背景にすぎない。彼はオリーブの枝を整えているところだ。まなざしで慈しみながら、銀の鋏で切り落とす。あの樹は少しも痛みを感じないだろう。庭の天使はミーノスに目もくれない。 「彼に近寄ってはならぬ、というのは？」 「虫を除けるのに、強い薬を使っているのですって。だから、彼が来る日はだれも庭に出ないように、子供たちや使用人まできつく言い聞かせてあるのよ」 頭の弱そうな夫人だが、そこだけは賢い点だと思った。あんな男が、ただの庭師であるものか。神が手を施したように繊細な顔立ちなのに、長袖に隠された腕は鍛え抜かれている。密偵にしても美しすぎる。 各地で続々と目覚めはじめている同胞のような気配は感じなかった。ならば敵対する者か。ミーノスは気配をひそめて足を踏み出した。 「あら、いけませんわ。怒ったあの人はとても怖いから――」 「そういえば、ご主人があなたを探していました。館にお戻りになるのが宜しいかと」